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何を主食とするかで、余暇の量が決まってしまうという気づき

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私たち日本人の主食はお米です。

世界を見れば、小麦、とうもろこし、芋類など、主食は実にさまざま。

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先日、図書館で手に取った本に、

「主食として選んだ作物によって、必要な労働時間が大きく違う」という話が紹介されていました。

なるほど、と思わず唸ってしまいました。

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例えば、小麦を主食にする場合。

土地の養分を多く消耗するため、家畜の糞尿で土を肥やす必要がありました。

つまり、小麦栽培は畜産とセットになりやすい。

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家畜を飼うということは、生き物の世話をするということ。

休みはほとんどありません。

 

その結果、小麦文化圏では、(過去に遡ると)農業者の労働時間が長くなりやすかった、という指摘でした。

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では、日本のお米はどうでしょう。

昔は田植えも収穫もほとんど手作業。

想像するだけで、膨大な手間暇です。

やはり余暇は限られていたはずです。

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一方で、とうもろこしを主食に選んだ地域では、

比較的栽培にかかる労働時間が短いとも言われているそうです。

その分、余暇が生まれる。

そして、その余暇が文明の発展を後押しした可能性もある、と。

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何気ない「主食の選択」が、

その社会の忙しさや余裕を、長い年月をかけて形づくっていく。

最初の選択が、その後の時間の使い方をある程度決めてしまう。

これはとても大事な事実だなあ、と感じました。

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これは、現代にも似た構造がありそうです。

例えば、特別な技能を必要としない単純労働を選んだ場合。

時給や報酬は大きく伸びにくいかもしれません。

 

どれだけ時間を投入しても、どれだけたくさん働いても、余裕が生まれにくい。

もしその構造を理解した上で選ぶなら納得できますが、

知らずに選んでいたとしたら、後から苦しくなるかもしれません。

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「はたらけど はたらけど猶(なお) わが生活(くらし) 楽にならざり ぢつと手を見る」

ふと、石川啄木の短歌を思い出しました。

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どんな作物を主食にするか。

どんな仕組みの中に身を置くか。

どんな判断をするか。

最初の選択は、思っている以上に重いのかもしれません。

考えさせられる一節だったので、忘れないようにこちらに残しておこうと思います。

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今年は「すでに持っているもの」を、愛着を持って使い倒します!